販売員の未来のつくりかた

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こんにちは、森野です。

 

販売員としての成功とは、何年目でも、いくつになっても、どこに立っても「選ばれる人」になることだと思う。

 

誰に選ばれるか?
もちろん、お客様に。

そうすれば会社にも、ディベロッパーにも、業界にも、選ばれるから。

誰に向けるでもなく声出しをして、商品整理とレジ、掃除。これしかしない、名ばかりの販売員。

必要だろうか?
そもそもこれでは販売員ではなく作業員だし、誰でもいい。

こういう人たちが増えたのは、いくつかの政治背景もあり、出店が加速した頃からだ。

誰でもいいからスタッフ急募。

勤務時間の条件と通勤の折り合いがつけば誰でも採った。

それからすぐ、ファストファッションが流行って

今では接客できない、しない、望まないのが普通になっている。

今のままでは販売員という職業の存続自体危ういし、10年後も同じ仕事をしているか?という質問に何人が曇りなくイエスと答えるだろうか。

ノー接客が普通、と書いたが、販売員が必要ないのではなく、時代の流れのなかで、必要ないことにされているだけ。

まともな接客をされたことのない人たちが、なくても大丈夫と思っているだけ。

気づき始めたお客様たちが、必ず必要としてくれるし、その動きはもう、きっと始まっている。

私はこの15年間、様々な場所で様々なものを売ってきた。

アパレル、グッズ

SPA、国内外セレクト、ラグジュアリー

メンズ、ウィメンズ

プロパー、アウトレット

商品単価300円~80万円

どこで何を売っていても

「あなただから買うのよ」
「自分じゃこんなに合うもの探せなかった、ありがとう」
「また選んでほしい、いついるの?いるときに来るから」
「あなたから買いたい」

そう言ってくださるお客様がたくさんいる。
そしてお客様は必ず来てくれる。
だから、自信を持って言える。

販売員は求められているし、ECや、ロボットには代わりがつとまらない。

頭と心を使い、どうありたいか考えながらやっていると、きちんと結果もついてくる。

事実、入社3か月のラグジュアリーブランドで
ショップ内1位、約1,000万円/月の売上をつくることができた。当時、ショップ売上の約半分。スタッフは6名。

では、選ばれる販売員になるためにはどうすればよいだろうか?

まず、ここに来たあなたのその意識と危機感をもって

ここで学び、インプットしたことをアウトプットする、これを繰り返すこと。

つまり聞いたらやってみる、この繰り返し。

 

やらなければ、巨万の作業員に埋もれるだけ。

私には15年間の接客のプロファイリングがある。15年を、15歳と考えると、義務教育が終わる歳。
そろそろ進路を決めなくてはいけない。
社会の役に立つ人になるために。

そのひとつとして、私がここに来たからには、私はあなたの役に立ちたい。

不思議なもので、生きていると、必要なときに必要なひとが現れて、必要なことを伝えてくれる。

ただ、それは待っていても駄目で、自身のアクションのリアクションとして得られること。

あなたは、この記事をここまで読んでくれた。

興味がわかなければここまで来ないだろうから、明日からやれることをひとつ伝えたい。

販売力は、観察力です。

「いらっしゃいませ」のあとからじゃなくて、お客様が通路を歩いている時点からの観察。

プロファイリングが蓄積してくると、一瞬で大体分かるようになる。

今日はなにが欲しいのか?販売員にどうして欲しいのか?

自店の商品の中ではどれがフィットしそうか?

 

この、頭と心の準備ができてからの「いらっしゃいませ」は、必ず伝わる。

それができたときのお客様のリアクションは見違えるから、そこで成果を実感できるし、測れる。

お客様のうれしいリアクションに興味があれば、ぜひ、明日から観察力を発揮して実践してみてください。

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森野 咲
About 森野 咲 64 Articles
1979年横浜市生まれ 販売員歴15年 現在、フリーランスの販売員。 TopSellerブログ火曜日担当。 たまに業界誌に寄稿。 幼少期はお花屋さんかケーキ屋さんになりたかった。 職歴は、国内大手SPA婦人服・雑貨店舗にアルバイト→契約社員→正社員と進み、店長3年、統括店長2年。統括店長時代に、垣根を越えた生産性の最大化の方法を提案し社長表彰を受ける。 シアトル系カフェチェーンにてアシスタントマネージャー2年。外資系の育成法とサービスを学ぶ。 震災を機に、もう一度洋服屋の販売員を志し転職、某セレクトに入社、5年ほど勤務。アウトレット店にてメンズを担当、インポートからオリジナルまで、モノをカネに変えビジネスを回すことの難しさを知る。コレクションブランドのトランクショーのヘルプ、プロパー店のイベントヘルプ、物流センターの業務なども関わり、新店OPEN時にはスタッフ育成に出向く。 35歳で一度販売員を辞めたが、ふとしたことで派遣社員として某ラグジュアリーに配属。3か月後にはショップ内売上No.1、派遣でありながらも受注会の顧客アテンドを経験。 この頃、twitter上でTopSeller主宰の四元氏と出会う。東京駅地下で四元氏とおうどんを食べながら、独立する決意をした。

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