進化系販売員のすゝめ

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AdinaVoicu / Pixabay

カリスマ販売員なんて言葉が流行ったのは、もう20年も前です。

今となっては、第一希望で販売員になりたい人なんて、ほんのひと握りになりました。

誰でも、販売員を名乗れてしまう

なりたい人が少ないので、販売員は年中欠員です。そのため、ほぼ誰でもウェルカムな採用状況があります。

実際に販売員になった人のうち大半が、販売員に夢を持ってなったわけではないのが現状です。

学歴で切られないから、資格がいらないから、通いやすいから、お給料が言うほど悪くないから、社販で服が安く買えるから、

または、ファッション業界で別の仕事がしたいけど、そこにいきなりは入れなかったし、販売の経験は必要だと思ったから、等。

ほとんどがこんな調子です。

「販売の仕事に就いて、こんなことしたい」「販売員になって、ゆくゆくはこうなりたい」までのビジョンがある人は、ほぼいません。

ただ悪いことでもなくて、もちろん、就職するまではやったことがないことだから「こうなりたい」がおぼろげでも、仕方がないとは思います。

しかし、入社して何年目かのみなさん、いかがですか?まだ同じ理由で続けていらっしゃいますか?

理想の「販売員らしい仕事」してますか?

このブログを読んでくれている方は、販売員の仕事に理想を持って、職務に誠実に取り組む意志のある方たちだと思っています。

しかし、毎日の雑務に追われて、理想が夢のまた夢になっていませんか?

理想と現実の乖離に気づき、現状を改善に導くよりも、波風立てずにうまくやることに注力するようになっていませんか?

社内で、せめて店内ミーティングで、自分の意見を言えますか?

その準備がいつもありますか?

現実を理想に近づけるべく仕事をしていますか?去年の今ごろ課題に感じていたことは、結局どうしましたか?

誰も「販売員」の未来を具体的に語れない

このままでは、この職業の存続や価値の見出し方が一層苦しくなることくらい、毎日店頭に立っている販売員が一番切実に感じていると思います。

それでも続けているということは、何かがあるはずなのですが、外野から「AIに取って代わられる職業」だとか、「アパレル自体が斜陽」だとか、ひどい言われようでも、具体的に対軸の未来を語って言い返せる人がほとんどいないのは、どうしてでしょうか。

たとえば、最適化されながら進化するテクノロジーに関わる人たちはそれぞれに未来を見据えて、技術が磨かれ、人々に利益をもたらしています。

彼らも仕事、私たちも仕事です。

販売員は、今なぜ自分の仕事の将来に思いを馳せることができなくなっているのでしょうか。

最適化しながら進化することはできないのでしょうか?

販売員不要説がさらに進んだとき、あなたはどうしますか?

もう随分前から、販売員という職業は仕事内容が頭打ちです。ずーっと、同じことだけ頑張ってきました。10数年前には、日本企業も外資を見習って教育や研修に力を入れ始め、現在ではマニュアルも整備されました。

ただ、そんな既存の「販売員」に対し、不要説が上がっています。
あなたが思う、販売員の価値とは何ですか?

なぜこれまでこの職業が無くならずにきて、今になって不要と言われ始めたのでしょうか。本当に、ゼロにしていいほど不要なのでしょうか。

不要の場合と、必要の場合の違いは何ですか?

物事や役割の価値は、周りが評価することです。

周りが変われば、評価を得るためにやるべきことは変わりますし、顧客の先回りをして価値を創造することも大事です。

機械がやれることはもっと機械がやる時代は確実にやってきます。喜ばしいことではありませんか。

いま不要になりつつある「販売員」でい続けようと踏ん張るより、そうなった時にも重宝される「進化系販売員」への一歩を、一分一秒でも早く踏み出した方がいいと思います。

あなたが考える、進化系販売員はどんなものですか?大それたことでなくても、時代を読んでいれば進化と言えます。

今から何をしておけばいいのか、現場目線で会社に何が提案できるのか、これを考えて未来を語れる人、行動を起こせる人が一人でも多く出てきたら、私は一販売員として、うれしく思います。

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森野 咲
About 森野 咲 88 Articles
1979年横浜市生まれ 販売員歴15年 現在フリーランスの販売員。 TopSellerブログ火曜日担当。 業界月間誌に執筆中。 幼少期の夢はお花屋さんかケーキ屋さんになること。 経歴は、国内大手SPA婦人服ブランドにて店長3年、統括店長2年。統括店長時代に、垣根を越えた生産性の最大化の方法を提案し社長表彰を受ける。 シアトル系カフェチェーンにてアシスタントマネージャー2年。外資系の育成法とサービスを学ぶ。 震災を機に、もう一度洋服屋の販売員を志し転職、某セレクトに入社、4年半ほど勤務。アウトレット店にてメンズを担当、インポートからオリジナルまで、モノをカネに変えビジネスを回すことの難しさを知る。コレクションブランドのトランクショーのヘルプ、プロパー店のイベントヘルプ、物流センターの業務なども関わり、新店OPEN時にはスタッフ育成に出向く。 35歳で一度販売員を辞めたが、ふとしたことで派遣社員として某ラグジュアリーに配属。3か月後にはショップ内売上No.1、派遣でありながら受注会の顧客アテンドを経験。 この頃、twitter上でTopSeller主宰の四元氏と出会う。独立決意を固め、現在に至る。

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