デムナ・ヴァザリア -1-

AFFECTUSの新井茂晃です。

第2回となる今回は、ファッション界を席巻してきたストリートブームの発端となったデザイナーをピックアップします。そのデザイナーの名前はデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)。彼のことをご存知の方も多いでしょう。今や世界で最もその動向が注目されるデザイナーといっても過言ではありません。

ファッション界に吹き荒れたストリート。その一大ブームを先導したブランドが2014年に設立された「ヴェトモン(VETEMENTS)」であり、デムナ・ヴァザリアはヴェトモンの創業デザイナーでもあります。しかし、今年9月、デムナはヴェトモンのデザイナーを退任し、ブランドから離れることが判明しました。これは驚きのニュースです。自ら創業したブランドを、スタートからわずか5年で去ってしまうとは。この先、デムナはどうするのか。しばらくはアーティスティック・ディレクターを務める「バレンシアガ(BALENCIAGA)」に専念するようですが、今後の彼の活動が気になります。

そこで今回から複数回に渡り、これまでデムナがヴェトモンでどのようなデザインを発表してきたのか、彼のヴェトモンにおけるデザイン変遷を辿っていこうと思います。これまで僕はデムナのデザインについて何度もテキスト化してきました。今まで僕が書いてきたデムナテキストを集約させ、一つの流れにまとめながら記録にしていきたいと思います。

ファッションデザインは時代の流れと密接に関係する。一見、破壊的に見えるデザインであっても、その多くは時代の流れ=デザインの変遷を組みながらそれまでのデザインを更新する形で発表されている。逆に言えば、時代感を捉えないデザインでは人々の心を掴むことはできず、誰にも見向きもされない孤独な服となります。

前回述べたように、今ファッションはストリートからエレガンスへの移行が始まりました。そんな時代だからこそ、これまで世界中を熱狂させてきたデムナのデザインを振り返ることで、新時代のファッションを示唆する何かが見えてくるのではないでしょうか。

当初はストリートではなかったヴェトモン

ヴェトモンといえばストリート。それが今では当然の認識でしょう。しかし、ヴェトモンはデビューからストリートスタイルを発表していたわけではありませんでした。ヴェトモンのデビューは2014年秋冬シーズン。どんなスタイルが発表されていたのでしょうか。

それは、マルタン・マルジェラのモダナイズとも言えるスタイルでした。デムナはヴェトモンを始める以前、「メゾン・マルタン・マルジェラ(現メゾン・マルジェラ)」でキャリアを積んでいたことが知られています。

ヴェトモンのデビューコレクションは、ストリートの代表的アイテムの一つとも言えるデニムがすでに登場していましたが、ストリートの存在感は希薄で、自身がキャリアを積んだマルタン・マルジェラのエッセンスが濃厚に漂う、クラシックでフォーマルなスタイルでした。黒やグレーといった抑制された色使いもマルタン・マルジェラを連想させ、僕に思い浮かばせたのは2000年代前半のマルジェラスタイルです。

先ほど述べたようにデニムが発表され、そこに若干のストリートが感じられなくもないですが、それは今だから言えることでしょう。

このデビューコレクションを見て、当時の僕の頭に浮かんできた言葉が「マルタン・マルジェラのモダナイズ」でした。そのスタイルにそれまでのファッションの概念を揺るがす、何か強烈な個性を感じることはなく、かつてマルジェラが発表したデザインを、デムナの解釈によって現代版にアジャストしたような印象でした。

オリジナルスタイルの発現

デビューの翌シーズン、2015春夏コレクションでも2000年代のマルジェラをモダナイズという印象を受け、コレクション全体をフォーマルな空気が包み、デムナ・ヴァザリアならでは個性という強烈さが感じられず、デビューシーズンで受けた僕の印象が大きく変わることはありませんでした。それが当時の僕の正直な感想です。

「このブランドが、ファッション界を覆い尽くすブームで世界を席巻する」

当時そう言われても、僕は信じることができなかったでしょう。

しかし、未来はいつだって想像の外から訪れます。

デムナ・ヴァザリアは覚醒します。

きっかけが何だったのか、デムナの内面にどのような変化が生じたのか、それはわかりません。3シーズン目となる2015秋冬コレクション、マルジェラのモダナイズという枠を超越し、世界のファッションを一気に更新するオリジナルスタイルが彼の中から現れたのです。

これまでは単なる序章にすぎませんでした。いよいよ始まるのです。デムナとヴェトモンによる世界の頂点へと駆けのぼる快進撃が。

〈続〉

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新井茂晃
About 新井茂晃 16 Articles
1978 年神奈川県生まれ。 2016 年「ファッションを読む」をコンセプ トにファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。 Instagramとnoteで発表しているテキストを一冊にしたAFFECTUS BOOKは、AFFECTUS ONLINE SHOP・代官山蔦屋書店・下北沢本屋B&B・鹿児島OWLで販売中。2019年からはカルチャーマガジン『STUDIO VOICE』、ニュースサイト『文春オンライン』への寄稿、代官山蔦屋書店でのトークイベント『AFFECTUS TALK』を開催するなど新しい活動をスタートさせている。ファッション批評誌『vanitas(ヴァニタス)』No.006にロングインタビュー掲載