AFFECTUSの新井茂晃です。
今回はデムナ・ヴァザリアのデザイン変遷を追う連載の再開です。本題へ入る前に、今週発表された驚きのニュースに触れたいと思います。
ジバンシィ の新ディレクターが決定
6月16日、「ジバンシィ(GIVENCHY)」の新クリエイティブ・ディレクターにマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)の起用が発表されました。マシューは、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)、ヘロン・プレストン(Heron Preston)と共に「ビーン・トリル(BEEN TRILL)」のメンバーとして活躍していました。ビーン・トリルとはDJ・アートディレクション・ストリートウェアなど音楽を中心に多様な活動を行うグループの名前になります。
一時期よりもストリートの勢いは衰えましたが、未だ影響力は確実にあり、そのことを証明するマシューの起用です。ストリートは流行り廃りの一過性で語られるファッションではなく、ファッション界における普遍的スタイルとして浸透していると考えています。ジバンシィをマシューがどうディレクションするのか、とても楽しみです。久しぶりにファッション界の人事で注目のニュースでした。
重層的イメージを和らげるシンプルさ
それではデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)のデザインを辿っていきましょう。今回は2019AWコレクションからスタートです。
ありふれた普通の服であっても、全く異なるイメージである普通の服を、しかもそのイメージを一つや二つではなく、さらに数多くボリューミーにつなぎ合わせることで、普通の服なのに新鮮なインパクトを生むことが可能になる。それが2019SSコレクションでデムナ・ヴァザリアが提示したデザインでした。
そのデザインは2019AWコレクションでも継続されますが、2019SSコレクションよりも幾分シンプルになっています。ただし、シンプルとは言っても「ジル・サンダー(Jil Sander)」のように潔いミニマリズムではありません。ほんのりと装飾性が盛られており、カジュアルなストリートスタイルを軸にテーラードとドレスのフォーマルを組み合わせ、モデルはテロリストを連想させる目出し帽をかぶり、その上からストリートを匂わすフードをさらにかぶるという、イメージの段階的積み重ねが生じていました。
終盤にはアラブのヒジャブ的なアイテムも登場し、2019AWコレクションはストリート・フォーマル・テロリスト・アラブというイメージの4重奏が見られます。しかし、イメージが幾重に積み重なっても、コレクション全体の印象はそこまで重々しいものではありませんでした。イメージに重々しさを感じさせない理由は、デニムやフーディといった極めてカジュアルなアイテムを軸にデザインを展開しているからでしょう。カジュアルアイテムの持つ軽量感が、重々しくなるはずのイメージを和らげていたのです。
もし「ヴェトモン(Vetements)」の2019AWコレクションがカジュアルウェアのシンプルさをベースにするのではなく、「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」のような抽象的かつ大胆な造形、「ジョン・ガリアーノ(John Galliano)」のようなコスチューム的なドラマ性を備えた造形をベースに「ストリート・フォーマル・テロリスト・アラブ」という4重層イメージが作られていたら、その印象は全く異なるものになっていたでしょうし、コレクションの全体像はもっと重々しい雰囲気になり、ストリートのビッグブームを経てカジュアルスタイル全盛の「今」にマッチしない前時代的空気が生まれていたと思われます。
普通の服で新しさをデザインする
今は「普通の服」を素材にして、これまでにないイメージを作り出すことが重要になっています。「これまでにない」と簡単に言いますが、実践するのは簡単なことではありません。デムナは、現代ファッションデザインの最先端を示し、ストリート・ダッドと次々に新しいブームを作り出してきました。なぜ彼の実践するデザインが、世界的ブームとなるのか。それが一番のミステリーとだと言えます。デムナ・ヴァザリアは未来を見通すように世界を見ているのでしょうか。
次回はいよいよデムナ・ヴァザリアによる最後のコレクションとなった、ヴェトモン2020SSコレクションに言及し、この連載の最終回にしたいと思います。
〈続〉