成人式の振袖の「はれのひ」事件がまだ世間をにぎわせていますが、これは着物業界全体が招いた事件でもあります。
もちろん、悪いのは「はれのひ」という業者ですが、はれのひが出現する素地を作ったのは着物業界といえます。
その最大の問題点は、
1、販売数量の減少を穴埋めするため、着物の販売単価を上げ、高級化させた
2、着付けルールを厳格化し、他人の手を借りなくては着られない衣服としてしまった
この2点にあります。
このため、着物を着るということのハードルは跳ね上がってしまい、初心者が手を出しづらい衣服となってしまいました。
ですから、「はれのひ」に着物を持ち込まねばならないということになったのです。
着物にも低価格品や低価格中古品がありますが、洋服とは異なり、それらはこれまであまりクローズアップされてきませんでした。
着物業界自体がそうしたローエンドモデルを売ることにあまり熱心ではなく、ハイエンドモデルのみを売ることに必死になってきました。
そうした結果、世間のイメージは「着物=高級品」で固まってしまい、新規の着物着用者はほとんど増えませんでした。
そして、着用人口が減り続け、着物業界の市場規模はピーク時の6分の1から7分の1くらいの3000億円弱にまで低下してしまっています。
洋服業界は小売市場規模はいまだに9兆円ありますが、こちらもピーク時の13億円に比べるとずいぶん減っています。
「デフレ克服」を掛け声にして値上げを目指すブランドやアパレル企業が多くあります。
また、いわゆるイシキタカイ系の皆様方におかれましては、低価格ブランドやファストファッションを排除しようという動きもあります。
もちろん、個々のブランドが企業努力によって販売単価を上げることに成功することは喜ばしいことといえます。
しかし、あまり広がりを見せていないとはいえ、イシキタカイ系の皆様方がおっしゃられるように低価格ブランド、ファストファッションを「完全悪」と見なし、それを排除、根絶しようとする考え方はナンセンスの極みではないかと思います。
気軽に試すことができるローエンドモデルがなくなった業界はどうなるか、それは着物業界を見れば一目瞭然です。
新規入門者が激減し、数寄者や愛好家に近いマニアックな少数の人々が高額品を愛でて、市場規模が大幅に低下するという事態に陥ります。
これは何も着物業界に限ったことではありません。
ハイエンドモデルに特化した業界は押しなべて市場規模を大幅に低下させます。
恐らく、パソコンやらスマホやら家電製品やら自動車だってハイエンドモデルに特化すれば同じ事態が待ち受けることになるでしょう。
何十万円、何百万円もするような高額品を入門者がおいそれと買うはずがありません。
ある程度気軽に試してみることができる価格だからこそチャレンジできるのです。
今のところ、洋服に代わる日常衣服は現れていませんから、ローエンドモデルが駆逐されたところで洋服の着用者がゼロになることはありません。
しかし、購入頻度は今よりも格段に下がり、市場規模は格段に縮小するでしょう。
そしてその結果、イシキタカイ系の皆様方が「守れ」と叫んでいる、洋服・繊維の製造加工業者が多数、倒産・廃業に追い込まれることになるでしょう。
洋服のローエンドモデルともいうべき低価格ブランドやファストファッションを絶滅させることが、衣料品業界や製造加工業者を救うことにはなりません。かえってそれらを破綻に追い込むことになります。
1900円のセーターが絶滅して、15万円の気仙沼ニッティングのみになったらどうでしょうか。
気仙沼ニッティングの売り上げ枚数はもしかしたら5000枚とか1万枚に増えるかもしれませんが、それ以上は伸びないでしょう。
なぜなら「たかがセーター」にそこまでのカネをつぎ込みたいと思う人はそのくらいしかいないからです。
また「たかがセーター」にそこまでのカネをつぎ込めるほど収入のある人もそれほど多くないからです。
かくして、糸業者、ニット生地工場、それに付随する染色加工工場や整理加工場などもほとんどが倒産・廃業に追い込まれることになります。
業界の活性化はハイエンドモデルに特化することでは実現できません。
低価格ブランド・ファストファッション悪玉論は百害あって一利なしです。
洋服業界が考えるべきは、低価格ブランド・ファストファッションを絶滅に追い込むことではなく、それらを上回る「価値」を創造し、それを人々に理解させることです。