デムナ・ヴァザリア -7-

AFFECTUSの新井茂晃です。

前回まで6回連載してきましたデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)のデザイン変遷は、いよいよ今回が最終回です。一人のデザイナーのデザインについて、こんなにも長く文章量も多く書いたのは僕も初めてでした。しかし、やはり「ヴェトモン(Vetements)」と「バレンシアガ(Balenciaga)」で旋風を起こしたデムナ・ヴァザリアは、彼のデザインがどのようなものなのか、一時代を築いたと言ってもいいデザイナーのデザインについて読み解いてみたいと思った次第です。

それでは最終回を始めたいと思います。

デムナ・ヴァザリアがヴェトモンを去る

2019年9月、あるニュースがファッション界を駆け巡りました。それはデムナ・ヴァザリアが「ヴェトモン」のデザイナーを退任し、ブランドを去ることになったというニュースです。ブランドがデビューしたのは2014年。わずか5年でデムナは自身が設立したブランドを去ることになりました。

これはかなり稀なケースです。自身のブランド=シグネチャーブランドを去ること自体は珍しくはありません。しかし、スタートからわずか5年で退任という短さは、非常に珍しいです。

その結果、デムナ自身が手掛けるヴェトモンのコレクションは2020SSシーズンが最後となりました。デムナ最後のヴェトモンは、いったいどのようなコレクションを発表したのでしょうか。

雑多で不調和で調和のヴェトモンスタイル

ショー会場に選ばれたのはパリはシャンゼリゼ通りのマクドナルド。通常、最新コレクションを発表するショーの会場には選ばないであろう場所を、デムナは選んできました。安価で素早く食事が手に入る場所で、次々に新しさを求めていく最先端ファッションのモードを発表する。安価なハンバーガーを提供するマクドナルドと、高額なファッションを提案するモード、両者は共通点がないように思えますが、次々に商品をスピーディに提供していく点に僕は共通点を感じてしまいます。

2020SSコレクションで真っ先に受けた印象は「制服」。警備員を連想するユニフォームをモチーフにストリートな空気と融合し、ルーズで怠惰でアグリーな(醜い)なムードをまとって、ヴェトモン流に展開されたデザインが登場していきます。

コレクションはユニフォームスタイルだけでは終わりません。雑多という言葉がふさわしいほどに、ファッションに幅を見せてきます。メンズではネクタイをしめたスーツスタイルをこれまたルーズに着こなすストリート流スーツで転換し、ウィメンズでは古着屋で見つけた柄物のワンピースをリメイクしたようなデザインを見せ、フーディやスウェットといった王道ストリートファッションも発表。また、スポーツウェアを思わす多色の色を切り替えで用いたブルゾンまで登場し、関連性がないように感じられるほどに多様なファッションが発表されてきます。

しかし、バラバラと言えるほどにファッションスタイルが数多く登場しますが、ルーズで怠惰でアグリーな空気で全てのスタイルが統一されているために、コレクション全体には調和が感じられてきます。雑多で不調和で調和するファッション。矛盾する表現ですが、僕が捉えたデムナのラストコレクションはそう表現したいです。

次のスタイルを模索しているのか?

デムナ最後の2020SSコレクションを見てみると、ストリートを軸にビッグシルエットが展開されていますが、初期に濃かったマルジェラの匂いはかなり消失しています。肩を誇張したデムナ独自のビッグシルエットは、マルジェラシルエットから脱却してオリジナルにたどり着いた印象です。

ネクタイ姿のスーツスタイルがそうであるように、昨今のトレンドであるエレガンスも吸収され、「ダサいがカッコいい」という価値観を作り上げたスタイルは維持しながらも、以前よりもスマートさが立ち上がっています。

一方で僕は物足りなさも感じました。デムナのヴェトモンといえば、美醜の醜をエレガンスとした圧倒的圧力のエネルギーが特徴でした。

「お前らが醜いと思っているものが、カッコいいんだよ」

そんな強烈なメッセージが感じられてくるほどに。

しかし、ヴェトモンにおけるラストコレクションになった2020SSシーズンだけでなく、数シーズン前からデムナのデザインは見る者に怒りを覚えさせるほどの歪さが薄れてました。これをトレンドの波を解釈したデザインと捉えるのか、それとも次のスタイルを模索している期間と捉えるか。エレガンスを吸収することは正解かもしれませんが、美醜の醜を美として提示するヴェトモンの過激さがなくなりスマート過ぎるようにも感じたことが、物足りなさを僕が感じた理由でした。

ファッションデザイナーが長年に渡って時代の中心であり続けることは、ほぼ不可能に近いです。一時代を築いたデムナ・ヴァザリアが、これからの時代に対してどのようなファッションを見せてくるのか。そこに注目していきましょう。

これで7回に及んだデムナ・ヴァザリア連載も終了です。

ファッションニュースを取り上げて時事的な内容にするか、注目のデザイナーをテーマにするか、次回からは何を書くかは未定でして、じっくり考えてみたいと思います。

それではまた来月。

〈了〉

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新井茂晃
About 新井茂晃 16 Articles
1978 年神奈川県生まれ。 2016 年「ファッションを読む」をコンセプ トにファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。 Instagramとnoteで発表しているテキストを一冊にしたAFFECTUS BOOKは、AFFECTUS ONLINE SHOP・代官山蔦屋書店・下北沢本屋B&B・鹿児島OWLで販売中。2019年からはカルチャーマガジン『STUDIO VOICE』、ニュースサイト『文春オンライン』への寄稿、代官山蔦屋書店でのトークイベント『AFFECTUS TALK』を開催するなど新しい活動をスタートさせている。ファッション批評誌『vanitas(ヴァニタス)』No.006にロングインタビュー掲載