AFFECTUSの新井茂晃です。
前回から始まりましたヴェトモン(VETEMENTS)のデザイナー、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)のデザイン変遷を辿る連載。第2回となる今回も引き続き、デムナのデザイン変遷を辿っていきます。
前回はデビューから3シーズン目となる2015秋冬コレクションで、デムナ(ヴェトモン)のデザインがマルジェラのモダナイズという枠を超越し、世界のファッションを一気に更新するオリジナルスタイルが彼の中から現れたところまで進みました。
そして翌シーズン2016春夏コレクションから、まさにヴェトモン旋風と言える猛威がファッション界を覆っていきます。
最新ファッションの場に普通のTシャツが登場
2016春夏コレクション、冒頭から驚きの始まりでした。ショーが開幕し、一番最初に登場するファーストルックを飾ったモデルはプロフェッショナルなモデルではなく、なんとデムナの友人であり、ロシアのストリートキッズの代弁者たるデザインが世界中で大人気となっていったファッションデザイナー、ゴーシャ・ラブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)だったのです。
驚きはそれだけにとどまりません。 ゴーシャがトップスとして着用していたアイテムは、国際宅配便として有名なドイツの国際輸送物流会社「DHL」のロゴをプリントしたTシャツでした。DHLのトレードマークカラーである黄色を使用したTシャツに、胸にプリントされた赤いDHLのロゴ。そのTシャツはまさにDHL以外の何者でもありません。
僕はこのファーストルックを見て、驚きました。そしてこう思うに至ります。ゴーシャの着用したDHLルックによってデムナは、ヴェトモンのオリジナルスタイルに到達したと。
いったい誰が考えるでしょう。次の時代に向けた、世界の最新ファッションが問われるパリコレクションの場に、DHLのロゴTシャツが発表されると思うでしょうか。DHLのロゴTシャツに最先端なデザイン性は感じません。誰もが見たことのある極めて普通のTシャツであり、しかもこれまでモードファッション史を彩ってきた伝説のデザインのように、見る人を魅了するようなエレガンスは微塵もありません。
正直に言えば「ダサい」という表現がピッタリでしょう。DHLのロゴTシャツを着て、街を高揚感に包まれて歩くというのは、難しいはずです。しかもゴーシャのスタイリングは、DHLのTシャツの上から半袖の黒いシャツをフロントボタンを留めずに羽織り、ボトムは黒いパンツという極めて普通のスーパーカジュアルな服装です。こんなスタイルをパリコレクションに発表するとは、しかもファーストルックでいきなり登場させるとは驚く他ありません。
僕はここにファッションデザインの価値の転換が始まったと思えました。
「ダサい」が「カッコいい」へ
これまで多くの人々を魅了してきた「エレガンス」という価値観。華やかさと優雅さを伴うエレガンスは、ファッションにおいて重要な価値観であり、パリコレクションはエレガンスが披露される場でもあります。しかし、デムナはその常識にカウンターを仕掛けました。
「これまで『醜い』とされてきた価値観の中にこそ、新しい時代の新しい美意識があるのではないか?」
まるで、そのような疑問が世界へ投げかけられたかのようです。それまでファッションでは「ダサい」と思われていた服が「カッコいい」と呼ばれる服になる。この価値観のシフトを起こそうとしてるかのような、そんなデザインをデムナは冒頭から披露しました。
モードファッションには最新ファッションの発表という側面があると同時に、ファッションを通して世界の概念に問題提起を起こす瞬間があります。モードファッションの歴史を紐解いていくと、そのことが感じられてきます。
2015秋冬シーズンで登場したデムナのオリジナルスタイルは、2016春夏コレクションでさらに加速しました。ここで完成したのです。「マルジェラ×ストリート×ダサい」というオリジナルスタイルが。
ヴェトモンのデビューから2シーズン目までデムナは、マルジェラのモダナイズという印象のコレクションを発表していました。だが、マルジェラ単体ではやはり新しい魅力はでない。そこに、人々が醜さを感じるものに美しさを見出すデムナオリジナルの感性「ダサい」と、デムナ自身が愛するスタイル「ストリート」を掛け合わせることで、「マルジェラ」「ダサい」「ストリート」という3種類の要素が一体になり、デムナ=ヴェトモンのオリジナルスタイルが生み出されました。
オリジナルスタイルは試行錯誤の末に生まれてくる。デムナのデザイン変遷はそれを物語る発見です。そして、次の2016秋冬コレクションになると、デムナはその感性をさらなる歪さで研ぎ澄まします。
「一体誰がこれをクールだと思うのか!?」
そう叫びたくなるフォルムを僕たちに提示するのです。
〈続〉