デムナ・ヴァザリア -3-

AFFECTUSの新井茂晃です。

新年を迎えて2020年1月。コレクションシーンは新シーズン2020秋冬コレクションが開幕しました。ロンドンから始まり、ピッティ、ミラノへと突入しています。これまでのところ、各ブランドのコレクションを見ていると本当にスーツスタイルが多く、クラシックなテイストがますます色濃くなっています。これだけシックな着こなしが提案されてくると、ジーンズはなかなか難しいアイテムになっていくのだろうかという気持ちにもなるのですが、どうなるのか。

さて、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)のデザイン変遷を辿る連載はまだまだ続きます。前回は2016春夏コレクションの1ルックだけを語るという、かなりテーマを絞った内容になりました。今回はその続きとなる2016秋冬コレクションから触れていきたいと思います。

この2016年秋冬コレクションで、デムナ独特の美意識がさらなる進化を見せます。

まるでアメリカンフットボール

異様にデカイ。「何が?」と思われたでしょう。肩幅です。異様なのです。肩の盛り上がりが。2016年秋冬コレクションに登場するモデルたちが着用する服の肩幅は驚嘆するほどに肩が隆起し、圧倒的な存在感を放っています。モデルたちが着ている服は、シャツやジャケット、カットソーといった極めてカジュアルでベーシックなアイテムばかり。

けれど、その衣服の下にアメリカンフットボールのショルダーパットを身につけているとしか思えない、異様な隆起が両肩に生じています。その服を脱いでしまえば、今すぐにアメリカンフットボールの試合に出場できるのではないかと思えるスタイルです。

ストリートなカジュアルウェアが、普通ではない衣服へと変貌を果たしていました。

この歪かつ人工的なシルットは、1950年代のオートクチュール黄金期に端を発するファッション界伝統のエレガンスの存在感を消失させてしまうほどの迫力です。まるで、ファッションのこれまでを、ファッションが美しいとしてきたすべてを否定するかのようなダイナミックなパワーに満ち満ちています。

デムナが提案した特殊なシルエットを見て、あなたは「美しい」と感じることができるでしょうか?

Vetements Fall 2016 collection

おそらく多くの人たちは、美しさを感じることは無理でしょう。誇張された肩幅のアメフト選手を思わすビッグショルダーは、見る者の心を揺さぶります。怒りとともに。

「こんな服を美しいというのか!?」

そんなふうに。

デムナはファッションの捉え方を新しくしてきました。彼のデザインは問いかける。

「もうこれからの美しさは、これまで醜いとされてきたものの中にあるのではないか?」

その問いにあなたはどう答えられるでしょうか。

デムナは見る者の心に波風を立てるデザインで、人々の記憶に強烈な印象を残しました。そして、2017春夏コレクションで、デムナはまたまたファッション界が驚く手法でコレクションを制作するのです。

異様な数のコラボレーションブランド

現在、コラボレーションという手法は特別珍しいものでありません。他ブランドと手を組み、二つのブランドのテイストが融合したアイテムを発表する。その新規性と希少性はビジネス的にもデザイン的にも価値を作ることを目的に作られることが大半です。通常一度のコレクションでコラボするブランドは一つが多いです。

しかし、2017春夏コレクションでデムナは、なんと20近くのブランドとコラボしたデザインを発表しました。一度のコレクションで20近くのブランドとコラボするのは、あまりに特異すぎます。

リーバイス、ヘインズ、コム デ ギャルソン、カーハート、カナダグール、マッキントッシュ、ドクターマーチン、マノロ・ブラニク……。

それらが主だったブランドであり、モードブランドだけではなく、ファッションのカテゴリーを横断して様々なブランドとコラボを行いました。

このコレクションが発表された会場は、パリの百貨店ギャラリー・ラファイエット。そこで多数のブランドとのコラボアイテムを発表した様子は、まるでモードの百貨店のよう。フーディなどのストリートスタイルは多いのですが、一方でテーラードジャケットを組み込んだスタイルも散見されます。

しかし、ここで、僕の中にある違和感が生じてきました。

怒りが足りない

それまで、デムナのデザインには異様までの、怒りを感じさせるほどの圧倒的醜悪的美意識の提示がありました。しかし、2017春夏コレクションでデムナは、ジャケットを組み込んだクラシックなスタイルを多く取り入れました。そのスタイルを見た時、僕はアグリー(醜い)なダサさが消えたように思えてしまったのです。ジャケットスタイルという正統派を取り入れたことがデムナの持ち味を薄めたとでもいうべきか。もちろんシルエットはヴェトモン流のビッグシルエットで、デムナ流の味付けが施されたジャケットスタイルであったのは確かです。例えるなら「マルジェラ×ストリート×クラシック」ともいえるスタイルです。

2017春夏コレクションを見たとき、僕はそれまでとは違い、一瞬でコレクションのデザインを「良い」と思いました。しかし、コレクション発表後、時間が経過するにつれ、一目見て一瞬にして「良い」と思えたことに、僕は物足りなさを覚えてしまったのです。

デムナのデザインは見る者を混乱させ、時には怒りも感じさせることが、ヴェトモンのブランドスタイルなのではないかと思っていました。それが前回の2016秋冬コレクションでは、アメフト選手を思わす異形なスタイルで感じられていたが、2017春夏コレクションで僕はそれまでのような怒りを感じることができませんでした。そのことがすごく物足りなかったのです。

「もっと怒らせてくれ」

いつしかデムナのデザインに、僕はそう思うようになっていました。

〈続〉

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新井茂晃
About 新井茂晃 16 Articles
1978 年神奈川県生まれ。 2016 年「ファッションを読む」をコンセプ トにファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。 Instagramとnoteで発表しているテキストを一冊にしたAFFECTUS BOOKは、AFFECTUS ONLINE SHOP・代官山蔦屋書店・下北沢本屋B&B・鹿児島OWLで販売中。2019年からはカルチャーマガジン『STUDIO VOICE』、ニュースサイト『文春オンライン』への寄稿、代官山蔦屋書店でのトークイベント『AFFECTUS TALK』を開催するなど新しい活動をスタートさせている。ファッション批評誌『vanitas(ヴァニタス)』No.006にロングインタビュー掲載