デムナ・ヴァザリア -5-

AFFECTUSの新井茂晃です。

今年6月と7月に開催予定だった2021年春夏パリ&ミラノメンズコレクション、2020年秋冬オートクチュールコレクションの開催中止が発表されました。

週末、テレビ東京『ファッション通信』で2020年秋冬ウィメンズミラノコレクションの模様が放送されてまして、その映像を観ていたら、この先こんなふうに多くの観客とモデルたちが参加するショーが開催されるのはいつになるのだろうかという、少し悲しい気持ちになりました。

今、ファッション界はこれまでの慣習を見直し、これからの時代に即した新しいシステムが必要になってきたと強く感じています。その答えを自分なりに見つけたい気持ちです。

さて、今回は前回の続きとなります。デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)のデザイン変遷になります。また話はそれますが、2020年秋冬パリコレクションではデムナが「ヴェトモン」離脱後、初となるバレンシアガのコレクションが発表しました。今後、彼がバレンシアガで自身のデザインをどう進化させていくのか、興味深いところです。

今度は本当に本題に入ります。前回の第4回では2018年春夏コレクションまで紹介しました。今回は2018年秋冬コレクションからのスタートです。だいぶシーズンが現在に近づいてきて、連載の終わりも見えてきました。

アグリー&デコラティブの時代へ

ショーを休止していたデムナですが、2018年秋冬シーズンから「ヴェトモン」のショーを再開します。2018年春夏までは「普通の服」をモードの世界に登らせ、そのコレクションは「新しいことが本当にファッションなのか?」と疑問を投げかけるようでした。

しかし、ショーを再開する2018年秋冬シーズンからデムナは「普通の服」を大きく変貌させます。前回まで披露していた普通さは消失し、装飾的側面が以前にもまして最高に濃くなり、より上層へシフトした「アグリー(醜い)&デコラティブ(装飾的)」を僕たちに見せてきました。

これでもかと多用される柄とロゴ、幾重に重ね着していくスタイリング。そのすべてが重々しく、パリ伝統のエレガンスの欠片すらも見当たらない。その外観は以前のダサさを超えて醜さ=アグリーの領域までたどりついてくる。デムナはストリート色を再び強烈にミックしながら、人々が抱く「エレガンス」という概念に揺さぶりをかけてきます。

発表されたスタイルは、まるでホームレスの人々の服装を思わすものでした。

「この服にだってエレガンスはあるだろ?」

そう問いかけてくるようです。デムナがヴェトモンで発表したこの2018年秋冬コレクション以降、アグリー&デコラティブがファッション界のトレンドへと浮上していきます。服装はリアルなのに「いったい、どこで、誰と着るのか?」という混乱を起こすデザイン、それはまさに「リアルなアヴァンギャルド」と呼べる矛盾が混在したデザインでした。

幾重にも重なり合う異なるファッション

これでもかと装飾的なデザインを披露したデムナ。しかし、彼は2019年春夏コレクションになると、その装飾性を弱めます。圧倒的圧力が迫ってきた2018年秋冬コレクションに比べるとデザインが軽く簡素になっていました。もちろん、簡素といってもミニマリズムと呼べる、究極までにシンプルさを追求したタイプの簡素さではありません。シンプルなデコラティブ。そう評するのがぴったりです。そして翌シーズンの2019年春夏コレクションでは目出し帽や迷彩柄が数多く登場し、まるでテロリストやミリタリーを連想させるスタイルを私たちに見せるのでした。

そのスタイルに漂うのは空気な不穏。ヴェトモンが2019年春夏コレクションで提示したのは、いつものカジュアルなストリートスタイルですが、同時にジャケットやドレスのフォーマルも挟み込み、テロリスト・ミリタリー・ストリート・フォーマルとイメージが幾重にも重なり合い、複数のスタイルが入り乱れ、表情を変えていきます。異なる二つのイメージを一つにして新しいニュアンスを出す。これはファッションデザインの王道アプローチですが、デムナは1度に使うイメージ数が2つではなく、5つ6つと増大していました。

しかもその5つ6つのイメージをミックスさせて、美しく見えるようにバランスを整えるなんてことはせず、各々イメージを無頓着につなぎ合わせます。そんなふうにすれば、当然完成したスタイルには美しい調和はありません。際立つのは違和感。たしかに美しさは感じません。けれど、違和感がパワーとなって見る者の心に揺さぶりをかけてきます。

普通の服で強烈なインパクトを生む

ファッションの世界で「普通の服」という言葉は、デザイン的にネガティブな評価に感じられることがあります。だが、デムナは「普通の服」でインパクトを生み出す手法を披露しました。どのように行なったのか。

デムナの手法を例えるならこうです。ミリタリー、コンサバ、スポーツ、カジュアル、クラシック。それぞれの服はベーシック。けれど、服の持つイメージや着用するシーンはバラバラ。それらの服を一つにする。しかも数種類を一つにする。当然、異なるイメージの服が組み合わさっているために、整然とした美しさは感じられません。しかし、パワーがあります。エレガンスではなくパワーをデザインする。

人々の心を服の美しさで酔わすのではなく、服の歪さで揺らす。

ファッションの価値を破壊するデムナの勢いは止まりません。

〈続〉

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新井茂晃
About 新井茂晃 16 Articles
1978 年神奈川県生まれ。 2016 年「ファッションを読む」をコンセプ トにファッションデザインの言語化を試みるプロジェクト「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。 Instagramとnoteで発表しているテキストを一冊にしたAFFECTUS BOOKは、AFFECTUS ONLINE SHOP・代官山蔦屋書店・下北沢本屋B&B・鹿児島OWLで販売中。2019年からはカルチャーマガジン『STUDIO VOICE』、ニュースサイト『文春オンライン』への寄稿、代官山蔦屋書店でのトークイベント『AFFECTUS TALK』を開催するなど新しい活動をスタートさせている。ファッション批評誌『vanitas(ヴァニタス)』No.006にロングインタビュー掲載