前回、しつけ糸と袖口ラベルについて書きましたが、思い返してみると、ファッションの基本とされていることが一般消費者に対してまったく理解されていないないということが、これに限らずいくつかあります。
これはやはりアパレル業界全体の怠慢だったのではないでしょうか。
基本がキチンと定められているファッション分野にスーツがあります。レディースのスーツも基本はメンズスーツから派生しているので、基本はメンズに準じます。
ビジネスマンにとって必須アイテムといえるスーツですが、基本をキチンと理解している人はそれほど多くないと見受けられます。しつけ糸と袖口ラベルもその一環といえますが、それ以外でも数々の不可解な着こなしが市民権を得ています。
例えば、欧米でもっともフォーマルだとされているチャコールグレーのスーツはどうして日本ではあまり着用されないのでしょうか?とくに大学生の就職活動においては過去も現在もチャコールグレーのスーツが推奨された時代がありません。ぼくが大学生だったころは紺、今は黒が標準カラーとなっていますが、紺はまだわからないではないですが、どうして黒が標準カラーに収まってしまっているのでしょうか?紳士服業界の人たちは何をしていたのでしょう?甚だ疑問です。
欧米の基準だとチャコールグレーがもっともフォーマルで、紺はその次です。ですから25年前に紺のスーツが就職活動の標準服とされたのは理解できる範疇内です。
それが今では黒が標準になっています。それこそグローバルスタンダードではない色をどうして紳士服業界の人たちはノウノウと売っているのでしょうか?何事につけても「欧米」好きな業界人なら、スタンダードも欧米に合わせるべきではないですかね。まったく筋が通っていません。
日本人には確かにチャコールグレーは似合いにくい色の一つです。中途半端なトーンのチャコールグレーよりは紺や黒の方がコーディネイトしやすいし、似合いやすいのも事実です。だからチャコールグレーを避けたいという気持ちはわかりますが、ならば、紺がその次の標準であることを業界はキチンと消費者に説明すべきではないでしょうか。
また着こなしについても同様です。
スーツのジャケットは立っているときは一番下のボタンは外します。座るときは前を全開させます。
ところが、一番下のボタンまで留めている人の多いこと。下手をすると、ショップの店頭の陳列や店内に貼られているポスターの類まで一番下のボタンを留めていることが珍しくありません。するとファッションにまったく関係のない企業のお偉いさんや人事部の人間までが、一番下のボタンまで留めている就活生を「きちんとしている」と見なし、一番下のボタンをはずしている就活生を「だらしない」と判断するようになってしまいました。それこそ皆さんの大好きなグローバルスタンダードから著しく逸脱しています。
一体、業界はこの50年間何をやってきたのでしょうか。
もちろん、きちんと基本を消費者に伝えてきたブランド、ショップ、販売員はあったはずですが、それはどちらかというと少数派だったということではないでしょうか。だからこんなにもおかしなスーツ姿が巷にあふれているのではないでしょうか。
そういう基本を知らせることをおろそかにしたままでは、いくらファッションを啓蒙しても効果が得られにくいでしょう。そういう基本を知らない人が業界に入ってきて、デザイナーや販売員やマーチャンダイザーになったりしているのです。ひどい悪循環に陥っているといわねばなりません。
消費者に対する啓蒙活動はそういう根本的な部分からなされる必要があると考える次第です。