下請け気質の抜けない国内工場は淘汰されても当然

国内の生産工場が減っているといわれる、「工場を守れ」なんてことをいうイシキタカイ系をたまに見かけますが、国内工場が減るのは自業自得の側面もあり、一概に「全部守る」ことが正しいことだとは思えません。

国内工場の経営者は思考が下請け時代から停止したままでアップデートされていないことが珍しくありません。

先日もこんなことがありました。

今、そこそこ著名になっているIT企業が工場に商品の生産を依頼しました。これはIT企業が工場を探し出したわけではなく、もともと取引していたブランドが企業に買収されたから、自動的に発注があったのです。

具体的な工賃はわかりませんが、恐らく低めに提示されたのでしょう。工場経営者は最初から難色を示していました。

しかし、最初から工賃を聞いただけで断る必要はないのです。IT側は物作りのド素人なので、交渉する余地はあるのです。

取り得る方法は2つ

1、交渉して工賃を上げてもらう

2、工賃が上がらないならその代わりにIT企業とやっているということを工場がプロモーションに使う

この2つです。

2の場合は、低めの工賃が広告費に変わります。広告を出稿すると金がかかるだけですが、この場合なら安いとはいえ金がもらえて宣伝広告ができるのです。

当然、周囲にはこの2つを勧める人が多くいましたが、何を錯乱したのか、工場経営者は単独で乗り込んで断ってしまいました。

この2つが拒否されてから断れば良いのです。どうして先に「断るありき」なのでしょうか、まったく理解できません。

そこまで行く交通費の方が無駄ちゃうんか?

こんな工場は実は珍しくありません。

どうしてこのような思考になるのかというと、多くの工場は今まで、賃加工と呼ばれる下請け業として成り立ってきました。下請け生活で50年以上が過ごせたのです。

しかし、価格と品質だけなら中国や東南アジアの工場に追い越されてしまい、新機軸がないと立ち行かないというのが国内工場の置かれた立場です。

そんなときに下請け根性を改められなかったら、その工場は淘汰されるほかありません。

生地工場では「手張り」と呼ばれて自律的に動く少数の国内工場があります。商品も自ら提案しリスクを冒しています。現在、欧米で称賛を集めている国内生地工場の多くが「手張り」です。純然たる下請けで称賛されている工場はありません。

工場売り払っても生活ができるなら、下請け気質の工場は売り払った方が良いのではないでしょうか。「手張り」でやりたいのなら、意識改革をせねば始まりません。下請け気質を改められない国内工場が廃業・倒産に追い込まれるのは当たり前であり、行政や司法は慈善事業ではないのです。

ですから「国内工場を全部守れ」というイシキタカイ系にはまったく賛同できないのです。

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南 充浩
About 南 充浩 163 Articles
1970年生まれ。大学卒業後、量販店系衣料品販売チェーン店に入社、97年に繊維業界新聞記者となる。2003年退職後、Tシャツアパレルメーカーの広報、雑誌編集、大型展示会主催会社の営業、ファッション専門学校の広報を経て独立。現在、フリーランスの繊維業界ライター、広報アドバイザーなどを務める。 2010年秋から開始した「繊維業界ブログ」は現在、月間15万PVを集めるまでに読者数が増えた。2010年12月から産地生地販売会「テキスタイル・マルシェ」主催事務局。 日経ビジネスオンライン、東洋経済別冊、週刊エコノミスト、WWD、Senken-h(繊研新聞アッシュ)、モノ批評雑誌月刊monoqlo、などに寄稿 【オフィシヤルブログ( http://minamimitsuhiro.info/ )】