意外に後発だった日本のデニム生地製造

どうも南です。これからはちょくちょくと素材や業界の仕組みについても書いていこうと思います。

販売員のみなさんにとっては、現在、直接関係ないことも多いですが、業界人としては知っていて損はないと思います。それから、もし独立開業をする、オリジナルブランドを立ち上げる、そんなときには必要な知識となります。

何について書こうかと思ったのですが、ぼくが一番最初に本格的に携わったアイテムであるジーンズと、その素材であるデニム生地について書こうと思います。

今年の春夏から久しぶりにジーンズ人気が復活したと感じます。

多くの人が慣れ親しんだジーンズという商品ですが、現在では低価格品から高額品まで様々な種類があります。

メイドインジャパンとか日本製が本当の意味で特別視されている衣料品はジーンズくらいではないでしょうか。

またその素材であるデニム生地も日本製が世界的に認められており、もしかするとジーンズよりもデニム生地のほうが日本製が世界的に評価を受けているかもしれません。

ぼくらオッサン連中はさておき、若い販売員の人たちはデニム生地作りは日本の伝統的産業だと思っておられませんか?

それは半分正しく、半分正しくありません。

実はデニム生地が国産化されたのは40年ほど前のことに過ぎないのです。

ジーンズという商品は第二次大戦後にアメリカ進駐軍が持ち込みました。

進駐軍が持ち込んだ中古ジーンズが日本に正式に持ち込まれたジーンズという商品なのです。

それを基に国産ジーンズが作られるようになったのは1960年代。しかし、デニム生地はアメリカから輸入していたのです。生地だけではなくボタンやリベット、ファスナーなどの副資材もすべて輸入していました。

日本企業YKKが製造するファスナーやボタンは現在、世界でも最高評価を受けていますが、歴史的にみると後発メーカーなのです。それはデニム生地に関して同じことが言えます。

国内でデニム生地製造が開始されたのはそれから遅れて1970年代に入ってからです。

一方、アメリカのデニム生地製造は80年代以降衰退の一途をたどり、現在ではごくわずかに残っているにすぎません。デニム生地製造に関していえば90年代以降にアメリカと日本の立場は入れ替わったのです。現在ではその日本が中国やトルコ、パキスタンなどのデニム生地メーカーに製造量では完全に追い越されています。

すっかりデニム生地製造が衰退してしまったアメリカに対して、アジア諸国に量は追い越されたものの一定量を維持しつつ、高い評価を得たままの日本のデニム生地メーカーを見ると、良くも悪くも日本人の物作り好きを感じずにはいられません。

こうしてみると、日本のデニム生地製造もジーンズ製造も欧米に比べると後発組であったということがお分かりいただけるでしょう。日本の伝統産業という認識が半分正しくないといったのはそういう意味です。

では半分正しいというのはどういう意味かというと、日本でデニム生地製造が開始された背景には、伝統産業である藍染めや絣(かすり)織りの技術がありました。これらの技術を応用してデニム生地製造が開始されたのです。ですからデニム生地製造が日本の伝統産業だという認識は半分正しいのです。

伝統産業を下敷きにしつつ、チャレンジスピリットで世界的評価を確立したデニム生地製造とジーンズ製造。日本のアパレル業界から今後もこういう成功事例が次々に生まれてほしいと願っています。

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南 充浩
About 南 充浩 33 Articles
1970年生まれ。大学卒業後、量販店系衣料品販売チェーン店に入社、97年に繊維業界新聞記者となる。2003年退職後、Tシャツアパレルメーカーの広報、雑誌編集、大型展示会主催会社の営業、ファッション専門学校の広報を経て独立。現在、フリーランスの繊維業界ライター、広報アドバイザーなどを務める。 2010年秋から開始した「繊維業界ブログ」は現在、月間15万PVを集めるまでに読者数が増えた。2010年12月から産地生地販売会「テキスタイル・マルシェ」主催事務局。 日経ビジネスオンライン、東洋経済別冊、週刊エコノミスト、WWD、Senken-h(繊研新聞アッシュ)、モノ批評雑誌月刊monoqlo、などに寄稿

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